そぬばこ

備忘録とか、多分そんな感じ。

Dentoo.LT #23 にて「ナウいBeamerスライド」で登壇してきました

タイトルの通りです。

atnd.org

スライドはSlideShareにあります。GitHubと同様に本名で登録しているので、Twitterでは公開していたりしなかったりします。

www.slideshare.net

Dentoo.LT

多分登壇は3回目だと思います。通常登壇1回と飛び入り1回です。

いつもネタがなかったり、開催日が絶妙に予定と合わなかったりしていたので、ちゃんと前日(?)までにスライドを準備して発表したのは初めてです。自分偉いですね。

Beamerの話

スライドはBeamerの話です。話した具体的な中身は、アーカイブにあると思います。音割れしてたのは声が大きい私のせいですね。

16:9の話

4:3より16:9のほうがナウく見えるんじゃないか?ということで紹介しています。

なんかワイドのほうが、プレゼンテーションスライドがそれっぽく見えるのは私だけですかね。ココらへんは議論の余地があると思います。完全に個人の主観です。とりあえず、知っておいて損は無いと思います。

フォントの話

LaTeXなので、upLaTeXとかでフォントを変えるのが大変なんですよね。結局はLuaLaTeXとかXeLaTeX使いましょうっていう話です。ただLuaLaTeXはビルドがおっそいので、LuajitLaTeXでちょっとでも早いのにしましょう。TeXLiveだと2018から使えるようになってると思います。

テーマの話

いくらカスタマイズ出来るとはいえ、Beamerのスライドのカスタマイズって面倒くさいんですよね。それならちょっとでもイケてるテーマを先人たちが作ってくれているハズなので、それをバンバン拝借して使っていきましょうという感じです。

こういう細々とした部分を自分で作ることは好きなんですが、先人がもっといいものを作っているならそれをベースにしていきたいよねという考えに基づいています。


まだ学生生活も1年半以上残っているので、もう少し登壇してから卒業したいなという気持ちです。 あと、ブログネタが溜まっているので、もうちょっとブログを更新していきたいですね。頑張ります。

血圧・脈・体温 (2019年5月まで)

nersonu.hatenablog.com

まだ測っています。

こないだ経過観察が解けまして、肺は異常なしということで生活をしています。最近は研究の進捗が思わしくない感じですが、頑張っていきましょう。

以下は4月・5月の測定実績です。

5月までの測定実績

データ数は次のようになっています。意味があるかわからない平均も載せておきます。

全データ 午前のみ 午後のみ
データ数 31 14 17
平均値 血圧(上) / mmHg 血圧(下) / mmHg 脈 / bpm 体温 / ℃
全データ 120.9 76.5 75.0 36.64
午前のみ 120.4 76.1 73.1 36.62
午後のみ 121.2 76.8 76.6 36.65

雑にペアプロットとかしてみましたが、血圧の上下でしか相関は無さそうです。

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血圧

推移はこんな感じです。

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5月になってから若干、上が高いような気がしますね。

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血圧は午前中の測定結果のほうが、午後の測定結果と比べて値のばらつきが少ないです。標準偏差も載っけておきます。

標準偏差 血圧(上) 血圧(下)
午前のみ 4.78 5.63
午後のみ 7.83 6.05

今でこそ高血圧でないものの、休肝日を増やすことは必須でしょうね。どちらにせよ、お酒を飲むのをやめられないのですが……

推移です。

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けっこう変動幅が大きいように見えますが、それでも正常値の範囲内です。概形予測とかさせたら綺麗になりそうなグラフの形してますね。

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午後測定のほうがちょっと脈拍数多めかなという感じです。一応午後に測るときは、お昼頃にコーヒー飲んでから時間空けてるつもりなんですけど、影響があるかもしれません。

体温

推移です。

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最近特に体温が高いです。全体的に寝不足で身体が重いので影響あるのかなと感じています。寝ましょう。

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これを見ると、平熱が36℃前半なんですよ〜と今までのように言えないですね。流石に術後の影響もそんなもう無いだろうし、体質の変化とかというよりは生活習慣かなぁ……

みなさんも健康にはお気をつけください。

血圧と体温を(大体)毎日計っています

id:whywaitaさんから快気祝いで体温計を頂きました。

id:hogashiさんからは快気祝いで本を頂きました。

本当は血圧計を贈りたかったらしいのですが、ギフトじゃダメだったようなので自分で買いました。

毎日計る

ということで、血圧計と体温計は研究室に置いて大体毎日計ることにしています。 研究室には大体毎日来ますからね。 もちろん今日も計りました。 多分、平成最後の血圧・体温測定だったと思います。

以下は4月の測定実績です。

血圧

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上も下も正常値に収まっています。 上は140以上、下は90以上で一般的に高血圧になりますね。 むしろ私の場合、入院中に血圧を計っていた理由は低血圧で心臓が止まったからなので、血圧値が急に下がったりしてないかのほうが重要です。

脈拍

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成人男性は一般に60〜100くらいと言われていますので、多分正常値でしょう。

体温

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私の平熱は35℃後半から36℃前半のはずなので、少し高いですね。 まだ術跡の傷口がかさぶた状態なので、仕方ないかもしれません。

計ってどうするの

異常値になったら病院にすぐ行きます。 早めに病院に行くことを学びましたからね。

現在も経過観察中なので、GW中ですが今日も病院に行ってきました。 やっと抜糸をしてもらい、若干解放感があるような気がします。 どっちにしろ、数カ月は様子見だそうです。 大人しくします。

みなさんも健康にはお気をつけください。

大学院入院直前に、肺血気胸で病院入院した話

入院しました

この4月より、電気通信大学情報理工学研究科に進学しました。 しかし、肺血気胸と診断され、手術のあと入院。 結果として、大学院の入学式は出ることが出来ず、この文章も病院で一部書かれています。 本記事では、私が肺血気胸と発覚するまでの経緯と、病院生活について述べていきます。

肺血気胸とわかるまで

前兆

時は少し遡りまして、4月1日。 この日は朝のバイトを終え、バイト先の友人とマクドナルドで朝ご飯を食べていました。 このときから少し背中に張りを感じていて、肉体労働をして背中をやっちまったかなと思っていました。 今思えば、このときに既に肺に穴が空いていたと考えると恐ろしいですね。 発覚するのは翌日のことです。 普段であれば研究室にそのまま直行するのですが、あまりにも背中がしんどいので一度家に帰宅しました。 実家から持ってきたロキソニンテープを背中に貼り、特に良くならないどころか咳が出始めます。 ロキソニンテープによるアレルギー症状のようなものだと考えていたのですが、このとき既に肺がしぼんでいたんでしょうね。 このときに病院に行っていれば対処は変わったでしょうか……。

研究室に戻ったものの、体調は悪化する一方だったのでとりあえず帰宅しました。 リラックスしようと、仰向きで寝ようとしたところ、背中に激痛が走ります。 急に身体に雷が落ちたようで、どう考えてもこの体勢で寝ることは無理だと悟りました。 姿勢が元々悪く、首肩腰が慢性的に痛いこともあったので、これを気に整骨院に行くか。 と、なりました。 もちろん今思えば、その時行くべきだったのは呼吸器外科なのですが、そんなこと知る由もないので、この機会に整骨院通って姿勢治すかくらいにしか考えていません。 電気治療を受け、横向きでなら寝られるようになったので、とりあえず整骨院に通ってれば大丈夫だなとここで思ってしまいました。 これはかなり痛い選択だったと思います。

ヤクルト、神宮開幕戦

翌日、4月2日。 この日は朝のバイトを休んで午前中に整骨院に行き、なんとか研究室に向かいました。 このとき既に呼吸の異常がなかなかのもので、呼吸がいつもの50%ほどしか出来ない状態でした。 なんというか、呼吸すら満足に出来ないのに、よく研究室に行ったなというところもありますが、このあと野球観戦に行きました。 私は、楽天・ヤクルトのファンで、どうしても神宮球場のヤクルトホーム開幕戦を観に行きたかったのです。 同伴していた先輩に、「やめとくか?」と何度も言われましたが、座ってれば大丈夫ということで押し切ってしまいました。

試合が始まった頃は大丈夫でしたが、回を追う毎に意識があやふやになっていきます。 8回の逆転され、裏に逆転仕返しのところは嬉しくても東京音頭で傘が振れません*1。 手が上にあがらないんですね……。 9回が終わり、無事ヤクルトが勝利すると帰宅を試みました。 しかし、途中で立てなくなってしまい、結局担架で医務室搬送です。 えらく人のお世話になってしまっているのは反省しかないですね。 そのままタクシーで夜間外来を受診することになったのですが……。

気胸判明……

もう歩けないため、受付までの移動は車椅子です。 タクシーの運転手にも手伝ってもらい、先輩同伴で夜のお医者さん。 受付を済ませて、呼ばれるのを待っている間に既に意識が飛びそうでした。 問診を受け、「気胸っぽいね」と言われ、レントゲンです。 レントゲンをとったところ、ほぼ確定とのこと。 状態が酷いことになっていたので、別室に移動。

ここで、事件は起きました。 病院着に着替えてくれと言われ着替えをしていたのですが、呼吸困難気味になり、そのまま……

意識、飛びました。

目を覚ますと、横にあったベッドの上。 どうやら3分程度意識を失っていたようです。 自然気胸は、肺の中で風船のようなもの*2が出来ることがあり、それが破裂することで起こります。 今回はさらに偶然肺の血管が破損していたようで、血胸だったということもわかりました。 気胸と血胸を合わせて、血気胸と呼びます。 レントゲン画像によると、血と空気が肺に溜まって左肺が押しつぶされていました。 後から聞いた話ですが、1.3Lもの血が溜まっていたそうです。 結果、左肺に留まらず心臓にまで負担をかけ、血圧低下、最後に心肺停止で意識が飛んだそう。 自分の体験談ながら、恐ろしい話ですね。 救急の方の応急処置もありなんとか意識回復したものの、危険な状態にかわりはないようです。 とりあえず左脇腹からドレーンと呼ばれる管を突っ込まれました。 しかし、これも一時的な処理であり、緊急手術だねと言われました。 いぇーい。

手術

深夜12時半から手術をするよ〜と言われました。 ドレーンが突っ込まれてからは、比較的呼吸が出来ており、よく死ななかったなあとこの時点で考えていました。 たまたま都内に住んでいた伯母夫婦に夜遅くに来ていただき、手術の同意書にサインを貰って準備完了です。 ベッドでガラガラと運ばれ、手術室に運ばれます。 手術室のライトってほんと大きくて眩しいですね。 医療系ドラマでしか見たことが無かったので少し感動しました。 麻酔は部分麻酔ではなく、全身麻酔でした。 マスクを軽く当てられ、深呼吸を要求されます。 この時点で少しウトウトしてきました。 その後、マスクを着けると3秒持たずに深層に潜りました。 麻酔ってしゅごい。

目を覚ますと手術は終わっています。 どうやら手術は無事成功したよう。 しっかりとした左脇下に胸腔ドレーンと、尿道カテーテル、両腕の点滴でフルコースです。 症状は重症だったらしいものの、手術は1時間程度で終了し、麻酔から目を覚ましたのがさらに1時間程度、計2時間を手術室で過ごしたようです。 輸血もされたらしく、もう献血には行けません*3。 2時半頃、HCU*4に運ばれ入院生活がスタートしました。

入院生活

入院生活1日目(4月3日)

手術跡の痛みでほぼ何もすることが出来ません。 痛み止めの医療用麻酔を好きなタイミングでボタンを押して出すことが出来ますが、そのボタンを押すのがまず大変。 何にせよ手術跡が痛いのでね…… さらに病室はかなり暑く、看護師から手渡されたアイスノンがかかせません。 とにかく痛みと暑さで眠れないのですが、疲れや痛み止めの副作用の影響かで眠気が襲うので寝たり起きたりを頻繁に繰り返していました。

とにかくしんどい。

右腕の点滴を、左腕に全部まとめたりしてもらった気がします。 この日に既に水が解禁になっていましたので、飲み薬と点滴のダブルで治療という感じでした。

少し落ち着いて、午後から歩行訓練を行いました。 痛み止めが効いているタイミングだったので、伸ばすと響くものの、小さめの心電図モニタを押しながらなんとか歩いていました。 意外といけるなと思いつつ、痛み止めが切れると相変わらずの痛みで、とにかく辛かったです。 担当医にうまくいけば週末に退院できるからねと言われ、医療ってすごいなと思いつつ、こんな痛いのに退院できるんかいなという感じでした。

入院生活2日目(4月4日)

早いもので、この日はいきなり朝食が出ました。 全粥に、おかず数品、それから朝だからなのかわかりませんが、小学校の給食で出たような小さなパック牛乳がありました。 痛みで食欲も無かったので、付いていたゆかりを全粥にふりかけて、半分くらい食べました。 おかずは全部食べられたかと思います。 正午前に一般病棟に移ることになり、HCUから車椅子で移動させられました。 4人部屋の入り口に近い場所です。 ここまでは順調だったんですよ……

それから少しして、急に右腹部が痙攣。 痛みというよりは「ビクッ」ってなる感じです。 それが激しく、耐えられない状態になってしまいました…… 結果、緊急で腹部をCT撮ることになり、ベッドの上でウンウン唸りながら私は運ばれていきます。 担当医が「ストレスで胃に穴が空いたかもね」と言っており、内心ツイてねえなと思いつつも、その辛さは痛みでどこかで吹っ飛んでいました。 CTを撮る時、少し息を止めないといけないのがつらかったです。 とにかくはらいたい。 さらには念の為に造影剤を入れてCTを撮ることになりました。 造影剤は稀にアレルギー症状を起こすことがあるため、同意書を書かされました。 こんなヒイヒイ言ってる人間に、この状況で同意書書かすのかという感じではありましたが、決まりなので仕方ないです。 患者控えも合わせて2枚サインしました。

撮り終わった頃には少し痛みも落ち着いており、自分の病室に戻ったあとは特に何事もありませんでした。 しばらくしてCTの結果が出たようで、担当医が私に「異常は無かった」と教えてくれました。 血液検査も並行でやってもらっていたのですが、特に問題は無かったようです。 結局最後まで原因はわからなかったのですが、個人的には左脇の術跡の痛みをかばった結果、対称的な位置にある右腹部に力が入っちゃたからじゃないかなと勝手に思っています。 謎ですね。 またこの日、術後初めて食事をとったこともあり、これが原因の可能性が大きくもありました。 そして、言われた一言。

「当分、飲食厳禁ね」

入院生活3日目(4月5日)

前日に腹が痛いと騒ぎを起こした私ですが、術跡が痛む以外はかなり元気な日でした。 午前中何事もなく、レントゲンや念の為のCT再検査をこなし、とにかく暇な一日です。 尿道カテーテルもこの日に抜いたかと思います。 もう既に水が飲めないことが堪え始めていましたが、まだなんとか耐えていました。 体調もだいぶ回復していたので、ここで初めてスマホに手が伸びました。 通話さえしなければ、特にスマホに利用制限はありませんでしたが、どうしてもドレーンが邪魔かつ術跡が痛かったので、無を過ごすことで二日間の時を流していたのです。 熱がまだあったのもその一因です。 とりあえず、家族以外の各方面に連絡を入れました。 野球を観て病院まで連れて行ってくれた先輩、彼女、友人、それからバイト先や研究室関連、諸々。 そういえば昨日入学式だったんだなあと思いながら…… そうです。 大学院の入学式は前日の4月4日でした。 入学式に出れないがあまり学籍番号がわからず、諸々の代理人提出してもらう提出書類に関してどうすればよいか、メールで問い合わせをしまくっていました。 さらにはその書類を書いたりと、今思えば熱を下げるどころか、上げるようなことしかしていませんでしたね。 夕方計ったときは38度超えていました。

夕方になってから担当医に今後の飲食について、お言葉がありました。 土日は看護師が少ないから何かあっても対応できない、だから月曜日になったら水飲んでいきましょう。 え、土日水無しっすか?マジすか? お腹のほうは外科の先生が補助的についていらしたらしく、外科の先生的には土曜日からオッケーなところを、呼吸器外科である担当医の先生が念の為に我慢してくれということになっていたそうです。 こっちは腹痛騒ぎを起こしているので、大人しく先生に従うしかありません。 おみずのみたい……

この日一番嬉しかったのは、先輩と彼女がすぐにお見舞いに来てくれたことです。 この日に限らず入院生活通して、家族以外の人間が見舞いに来てくれるのが一番の心の支えになっていました。 お見舞いに来てくれた皆さん、ありがとうございました。

入院生活4日目(4月6日)

順調だったら週末に退院できていた話ですが、もちろん順調ではないので退院できません。 土日はただただ空腹に耐えていました。 この日は午前中、ついにドレーンを抜くことになりました。 ついに忌々しい3本の管達も、残すは点滴だけと考えると非常に進歩を感じました。 少し驚いたのは、病室のベッド上でそのまま抜いたことです。 実際に抜くときは、とにかく呼吸を合わせ、肺を膨らませた状態でドレーンを抜きます。 肺に余分な空気を残さないためです。 抜かれた際、管がズルズルと身体を抜けていく感触が地味に気持ち悪かったです。 痛いというよりは気持ち悪かった。 跡を塞ぐために、少し縫われました。 こっちのほうが痛い。 ドレーンを抜いたあとのほうが術跡の痛みは少なく、かなり快適になったのを記憶しています。

さらに、この日は洗髪が解禁になりました。 さすがにシャワーはもう一日待ってくれとのことで、頭だけ洗うことに。 地味に左腕にはまだ点滴があるので、左手はシャワーを持って右手だけで洗いました。 とにかく久々にお湯を被って気持ちよかったです。

入院生活5日目(4月7日)

この日は空腹のピークでした。 もう何をしていても、何でごまかしていても、口の中はヨダレで埋め尽くされます。 とにかく腹が減り、とにかく喉が乾き…… 非常につらい日でした。 いくら空腹だろうが、点滴がつながっているので生きてはいけます。 完全栄養食を直接動脈にぶっ刺しているので最強です。 唯一良かったことは、シャワーが解禁されたことです。 とにかく風呂に入りたかったので、これは感動モノでした。 点滴は抜くのではなく、途中の管が外れるようになっており、防水テープのようなものを上から貼って水の侵入を防いでもらいました。 お湯を浴びながら、これが飲めればと思ったのは内緒です。

入院生活6日目(4月8日)

来る月曜日、お水解禁予定日です。 午前中にレントゲンと血液検査があり、これに問題なければとのことでした。 しかし、お昼を過ぎても一向に許可が出ず、悲しい気持ちになっていました。 看護師さんに尋ねると、なんと担当医がオペ中でまだ判断が下せないのこと…… どうやら月曜日はオペが多いらしく、とにかくツイてないことがわかりました。 看護師さんにものすごい励ましを受け、死んだ顔で午後を過ごしたと記憶しています。 夕方頃、ようやく担当医がやってきて水のOKをもらいました。 嬉しい反面、私もまた腹を痛めるのがこわいので慎重に水を飲みます。

水、うま――

このとき口にした水のおいしさは、今までで一番だったと思います。 感動的な再会でした。

入院生活7日目(4月9日)

この日はついに口からの食事が解禁になりました。 謎の腹痛からここまで長かったので、朝食が楽しみで楽しみで仕方がありませんでした。 朝食では三分粥といくつかの緩めのおかずが出ました。 三分粥なのでほぼ粥としての原型が無いのですが、それでも口に入れた時の感動は忘れません。 おかずとして付随していたはんぺんを煮た料理が、はんぺん好きなので地味に嬉しかったです。 何よりも胃にモノを入れるという行為に幸福感を感じていました。 11時頃にシャワーを浴び、お昼ご飯です。 昼食も三分粥プラスおかず。 とにかくゆっくり噛んで食べます。 ヒルナンデス!を観ながら食事という行為に対して幸福を感じていました。 夜になると五分粥で少し米っぽくなってきます。 徐々に人権を獲得している感じがありました。 非常に順調で、退院が目前に迫っていることを予感させました。 そう思ったのも束の間、夕飯を食べ終わったあと担当医がやってきて「何もなければ明後日退院にしましょう」と言われ、ついに退院が決まりました。 レントゲンの結果からも肺の大きさは既に大丈夫らしく、あとは食事をして大丈夫かどうか、だそうです。 明日何も無いことをとにかく祈りました。

入院生活8日目(4月10日)

朝食は五分粥でしたが、昼からはなんと全粥に。 術後に一度食べたきりで因縁の相手ではありましたが、全然問題無く完食。 もうとにかく、食事が楽しくてしょうがありませんでした。 もとから食事が好きな私ですが、一度食事を取り上げられると食の重要性を更に感じたのです。 もう、食べないで生きるなんて……無理…… 夜も特に問題なく、まとめられるだけ荷物をまとめ、明日の退院に備えます。 まさか自分が緊急手術だの、一週間以上の入院生活を送るだのなんて考えてもみませんでしたが、実際起こるときは起こるもんなんですね。 実感のわかないようなそんなことを考えながら、金曜締め切りの書類だけどうするか考えて、眠りにつきました。

退院

4月11日木曜日、無事に私は退院することができました。 長らく動きが制限されていたこともあり、エコノミークラス症候群のような感じで、歩いているだけで両ふくらはぎを攣りかけましたが、なんとか調布に戻ってきました。 その足で研究室に戻り、学生証を受け取ったり、書類整理したり、病院食以外のものを久しぶりに食べたり…… ついこないだ死にかけた自分が、一瞬で現実に戻っていく、それはなんとも幸せなことだと思いました。 とにかく生きててよかった。

まだ抜糸していませんし、くしゃみで肺や術跡に響きます。 もう少し通院が必要そうです。 でも、とにかく元気にはなりました。

反省

今回何よりも反省すべき点は、発見の遅れです。 受診が遅れたことで、私の肺血気胸は悪化し、心肺停止にまで至りました。 少しでも呼吸が苦しいとなった場合、素早く病院に行くことが大事です。 出来れば呼吸器外科がある病院がいいと思います。

なんやかんやで私は生きています。 こんな私に快気祝いをくださる変わった人がいましたら、ぜひ下のウィッシュリストから、血圧計・体温計等を買っていただけると非常に嬉しいです。

www.amazon.jp

とにかく今後はもう少し、自分の身体を大事にしていきたいと思います。 各方面、よろしくお願いいたします。

*1:ヤクルトファンは自チームに点が入ると、東京音頭を歌いながら傘を上下に振ります

*2:ブラと呼ぶそうです

*3:というか行ったことないので、一度も行けずに生涯を終えることになることが少し残念でした

*4:high care unit の略で、ICUと一般病棟の中間に位置する所です

電気通信大学を卒業したので、成績を可視化してみた

3月25日木曜日、電気通信大学情報理工学部を卒業しました🎉

そのまま電気通信大学情報理工学研究科に進学予定です。頑張っていきましょう。

成績の可視化

さて、せっかく大学を卒業したので、これまでの学部の成績を可視化して振り返っていきたいと思います。 大学の学務情報システムを使えば成績データをcsvで取得出来たらしいのですが、気がついたときにはもうログインすら許されなかったので、紙で手渡された成績証明書を見ながら手打ちでデータを作りました。

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なお、紙の成績証明書では不可になった科目は省かれてしまうので、自分が不可となった科目である「選択露語第一」と「選択露語第二」も追加しています。

GPA

まずは、GPAを計算してみます。 電気通信大学の規程に従い、以下の計算式を用います。

評価平均(GPA)は卒業要件に係わる科目の秀,優,良,可,不可の各評価をそれぞ れ4、3、2、1、0 とし、次の式で計算する。

評価平均(GPA)={4×(秀の単位数)+3×(優の単位数)+2×(良の単位数)+1×(可の 単位数)+0×(不可の単位数)}/(不可を含む履修総単位数)

この通りに計算すると

2.833

と、なりました。 なお、不可(2単位分)を除いて計算すると

2.879

と、なるようです。 当然のことですが、不可がもったいなく感じますね。

各学期ごとのGPAは次の通りです。

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1年次のやる気の無さ?らしきものが感じ取れます。 2年次で心を入れ替えたか、それとも学科の専門科目が増えて稼ぎどころが増えたかといったところでしょうか。

また、GPAの推移は次の通りとなっています。

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あまり代わり映えしませんが、2年次以降は順調に上昇しているようです。

時間割っぽくしてみる

各時間、曜日での成績を可視化してみましょう。 時間割っぽくヒートマップ化してみます。 まずは、各時間での履修コマ数を以下に示します。

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ここで、月曜3限の総履修コマ数が7になっていますが、これは誤りではなく、3年次後期の学科実験が授業区分としては2つに分かれており、かつ同じ日にカウントされるようになっているからです。 これをもとに成績評価を単位数を考慮せずに、コマ数でGPの平均をとったものが次になります。

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目立つのは木曜1,2限で、他は大した差が見受けられないかなと感じます。 木曜1限は履修コマ数が1でその科目(材料化学)が可、2限は単純に選択露語がそこにあって不可だからです。 悲しいですね。

他で少し低くなっているのは、火曜3限でしょうか。 この時間の履修した科目は以下の通りです。

科目名 評価
解析学
論理設計学
数理計画法

解析学」は無限級数微分方程式、「論理設計学」は論理回路の基礎、「数理計画法」は線形計画問題、整数計画問題を扱った講義だと記憶しています。微分方程式を解くということが単純に苦手で、論理回路もあまりしっかり理解できた記憶がありません。「数理計画法」は面白い講義だと感じました。

各学期での評価は次の通りです。

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17年度後学期だけ1限が無くズレていますが、これはmatplotlibの操作でどうにかできる方法がわからなかったためです。誰か教えてください。 1年次が他と比べて薄くなっている様子がよくわかるかと思います。

各曜日でのGPAは次の通りです。

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水曜日が若干高く、火曜日が若干低いかなといった結果です。 水曜日は人文科目が多く、自分がそれらを得意としていたからかなと推測できます。

各時間でのGPAは次の通りです。

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2限の成績が悪く見えます。 不可があるというのも大きな理由の一つですが、1限に頑張って出て、2限は眠たくて集中力が途切れていた記憶があったり無かったりします。

科目区分ごとに見てみる

講義科目は科目区分で分かれていますので、最後にそれごとで見てみることにします。 単純に科目区分ごとでGPAを算出したものが次のグラフです。

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圧倒的に低い理工系教養基礎科目というのは、先程述べた可となっている「材料化学」一つだけだからです。 その他に目をやると、理数基礎科目が低くなっています。 これは1年次の微積線形代数といった数学科目や、物理、化学概論が含まれており、基礎を疎かにしている様子が伺えます。 他区分ではあまり大して差がないのかなといった印象です。


卒業記念に、成績を可視化してみました。 大学院ではそれなりの成績と、それなりの研究成果が残せるように、精進していきたいと思います。

デュアルブート環境下におけるBluetoothペアリング(Windows10 + Ubuntu18.04)

少し前からBluetoothヘッドホンを使い始めました。べんり。

私がメインで使っているXPS 13はWindows10とUbuntu18.04のデュアルブート環境です。 デュアルブート環境だと片方のOSでペアリングしても、もう片方でペアリングし直さないと使えないということを使い始めて早々に気づきました。 ただ単に面倒くさくて放置していましたが、ちょこちょこOffice使ったりでWindowsに切り替えることも多いので、そろそろ対策をしました。

手順を防備録って感じで残しておきます。

$ .\PsExec.exe -s -i regedit.exe
  • 5 次の場所にリンクキーがあるので控えておく
HKEY_LOCAL_MACHINE\SYSTEM\ControlSet001\Services\BTHPORT\Parameters\Keys\xxxxxxxxxxxx
  • 6 Ubuntu側で以下のパスにあるファイルの[LinkKey]Key=以下の値を控えたリンクキーに変更する。空白文字は不要

/var/lib/bluetooth/XX:XX:XX:XX:XX:XX/YY:YY:YY:YY:YY:YY/info
    • XX:XX:XX:XX:XX:XXがおそらくホストのMACアドレス(5のxxxxxxxxxxxxと同じ値)
    • YY:YY:YY:YY:YY:YYBluetoothバイスMACアドレス
    • 以下の形で記述されています。ZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZの部分を変更することになります
[LinkKey]
Key=ZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ
$ sudo service bluetooth restart

という感じだったはずです。滅多に設定することはないですね……

また一つ歳をとりました

本日、1/13は私nersonuの誕生日です。多分めでたい

誕生日プレゼントお待ちしております↓
http://amzn.asia/dh8k9RJ

昨日は肉を焼いていました。よかったです。